昭和48年02月16日 最高裁判所第二小法廷
理由
原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の適法に確定するところによれば、本件交差点は、本件事故当時東京急行電鉄株式会社(以下東急電鉄という。)の経営する田園都市線の二子玉川園駅から約五〇メートル南西方に位置し、第一審判決添付図面表示のとおり渋谷駅から川崎市に向かう南北の方向の二級国道(本件道路)と、東方に二子玉川園、丸子多摩川園方面に通じ、西方に鎌田町方面に通ずる二本の道路とがほぼ直角に交差する地点にあたつていたこと、二子玉川園駅に通ずる田園都市線の路面軌道が、本件道路上を南方(二子新地前駅方面)から本件交差点のほぼ中央を通つて、ゆるく東方に曲がりながら本件横断歩道および本件道路の東側歩道を横切つて東北側の二子玉川園駅に入るように敷設され、この電車は、通常の路面軌道電車と異なり、その運転区間の大部分は専用軌道を使用し、所定のダイヤに基づき運行するものであつたこと、本件横断歩道は、道路交差点に近接して横断歩道を設ける通常の場合と異なり、右駅の位置との関係などから、本件交差点より約一六メートルも北寄りの、右軌道が東側歩道に接する直前付近に設けられている幅員約三・九〇メートルのものであつて、その東側歩道に近い部分において、田園都市線の路面軌道が、南々西方から北々東方に向かいやや斜めに交差していたこと、田園都市線の電車が二子玉川園駅に向かつて二子新地前駅を発車したのち所定の地点を通過すると、所定時間経過後に本件横断歩道東端付近にあるブザーが鳴り始め、その後所定時間を経過すると本件交差点内の信号機は全部停止を示す赤色信号を現示し、ただ南向きの信号機の三色燈の下方の補助信号燈だけが矢印現示によつて、南方の溝の口方面から進行して本件交差点を直進しあるいは鎌田町方面へ左折する車両と右電車に対してのみ進行可能を指示するという機構となつていたこと、本件交差点の東側、二子玉川園方面に向かう道路と丸子多摩川園方面に向かう道路との分岐点にあたる位置に設置されていた本件信号機は、三色燈式の信号機で西方から本件交差点にさしかかつた車両の進行を規制するとともに、本件横断歩道を西端から東端へ進行しようとする歩行者の歩行をも兼ねて規制するものであつたところ、本件横断歩道西端からこれを見ると、その設置位置までの距離は約三〇メートル、その見通し角度は同西端の北側端からは進行方向からみて右約五五度、南側端からは右約四七度の位置にあつて、歩行者が横断歩道に入つて前進すればするほど右の角度が大きくなり次第に見えなくなる関係にあり、また、前記のごとく電車が二子新地前駅方面から接近すると、交差点内の信号が全部赤色となつて、本件道路を北から南に進行する車両が本件横断歩道北側の停止線に停車するため、通常の交差点に慣れた歩行者にとつては、その際、本件横断歩道による横断は許されるかの如く錯覚し易い状況にあつたこと、当時本件道路における車両の交通量はかなり多く、本件横断歩道により横断する歩行者の人数も決して少なくはなく、その付近にはかなりの騒音があつたことなどが認められるというのである。どのような交差点であるのか説明されている
右事実に徴すると、本件横断歩道の西端から斜め右方を注視すれば、本件信号機の存在およびその信号の表示を確認することができるのではあるが、右のような事実関係、ことに歩行者が、本件横断歩道西端に至り東端に向かつて道路を横断しようとするにあたり、前方を見ても当然には本件信号機が見える位置にはなく、一旦横断を開始すれば一層見えにくくなる状況にあり、しかも、前記のように本件交差点が極めて複雑で特異な構造を有していたことなどを考慮すると、本件信号機は、その位置および機能をあらかじめ知つていない一般の歩行者にとつては、本件横断歩道の歩行をも兼ねて規制するためのものであることを容易に認識できる適切な位置に設置されてはいなかつたものといわなければならない。どの程度信号が見にくかったかが説明されている
そうすると、本件信号機は、本件横断歩道との関連においてみるかぎり、その歩行者の歩行をも兼ねて規制する信号機としては、不適当な位置に設置されていたものと認めるのほかはなく、かかる意味において、本件横断歩道を歩行する者の通行の安全をも確保するため公の営造物として本来具備すべき安全機能を全うしえない状況にあつたものと解すべきであつて、本件信号機の設置に瑕疵があつたものとした原判決の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論は、これと異なる見解に立つて、原判決を非難するものであつて、論旨は、採用することができない。信号機の設置位置が悪かったといっている
同五について。
所論は、要するに、本件事故発生当時、本件交差点内で警察官が交通整理を行なつていたこと、およびAに対し制止の警笛を吹鳴したことをもつて、本件信号機の設置の瑕疵は治癒されたというが、原判決の確定するところによれば、本件事故当時B巡査が本件交差点のほぼ中央で交通整理にあたつており、同巡査は横断を開始したAを制止しようとして警笛を吹鳴したが、本件交差点付近の状況からみて本件横断歩道西端に立つたAにとつて同巡査が本件信号機の位置よりもさらに見えやすい位置に立つていたとはいえず、また警笛が聞えたとしても、それが自己に対する警笛であるとたやすく認識できたともいいがたく、しかも同巡査の交通整理の主眼はむしろ本件交差点における車両の運行の円滑を図るにあり、同巡査は、Aが横断歩行中もしくは少なくとも警笛を吹鳴したのち本件事故発生までAの動向を終始注視確認していたわけではなく、一方、Aも当時の降雨と騒音のために右吹鳴を聞き落したというのである。交通整理を行っていた警察官が歩行者を制止する警笛を吹いたがそれは意味が無かったといっている
かかる事実関係のもとにおいては、Aにも過失のあつたことはいうまでもないとしても、いまだ、同巡査の交通整理および警笛の吹鳴が、本件信号機の設置の瑕疵による上告人の責任を免かれしめる事由とはならないものというべきである。したがつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。たとえ、この交差点に交通整理の警察官がいても信号の設置位置が悪かったという責任に影響は無いといっている
同第二点について。
本件記録によれば、Aおよび被上告人C、同Dは、当初上告人と東急電鉄とを共同被告として、ともに本件事故につき賠償責任ありとして本訴を提起していたところ、第一審係属中の昭和四一年三月三日第一一回口頭弁論期日において、東急電鉄との間で、「(一)被告東急電鉄は、原告三名に対し本件交通事故による損害賠償として金一五万円の支払義務あることを認め、右金員を昭和四一年三月二三日限り原告代理人鷲野忠雄事務所に持参又は送付して支払う。(二)原告らは、その余の請求を放棄する。(三)原、被告ら間には本件交通事故につき本和解条項の他何らの債権債務が存在しないことを当事者相互に確認する。(四)訴訟費用は各自弁とする。」との内容の訴訟上の和解が成立したこと、しかし上告人との関係では、その後も本訴がそのまま維持されて現在に至つていることが明らかである。この事実関係のもとでは、被上告人らは、右訴訟上の和解によつて東急電鉄との関係についてのみ相対的にその余の損害賠償債務の支払を求めない趣旨の約定を結んだものにすぎず、上告人に対する関係では、本訴請求をそのまま維持する意思であつたというべく、しかも、東急電鉄の被上告人らに対する損害賠償債務と、国家賠償法三条一項、二条一項により責に任ずべき上告人の損害賠償債務とは、連帯債務の関係にあるとは解されないから、右訴訟上の和解による債務の免除は、上告人の右賠償義務を消滅させるものではない。したがつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。被告であった電鉄会社との示談は成立しているがもう一方の被告である国との示談は成立していないといっている
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官 村 上 朝 一
裁判官 岡 原 昌 男
裁判官 小 川 信 雄
裁判官色川幸太郎は、退官につき署名押印することができない。
裁判長裁判官 村 上 朝 一