目次
判例要旨
1.甲・乙自動車から生じた交通事故損害で、一方から賠償を受けることが出来るときには、政府の補償事業に請求をすることが出来ない。つまり、1つでも自賠責が使用できる共同不法行為では、政府の補償事業に請求できないという事。
昭和54年12月04日 最高裁判所第三小法廷
理由
本件につき適用される昭和四五年法律第四六号による改正前の自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)が、自動車保有者の損害賠償責任を定めるとともに、右保有者に対し原則として自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)に加入することを義務づけることにしたほか、更に、政府をして自動車損害賠償保障事業(以下「保障事業」という。)を行わせることにしたのは、同法一条の掲げる目的及び同法五章の規定の趣旨を総合してみると、交通事故による被害者をおしなべて救済するという社会的要請に基づき自賠責保険を中核とする制度を設けることにしたが、そのような保険の制度によつては、自動車の保有者が明らかでないため保有者に対し責任の追及をすることができないとき、あるいは、自動車の保有者が明らかであつても、保有者が自賠責保険に加入していないか、又は加入していても事故につき被保険者とならないときにおけるような、保険の制度になじまない特殊の場合における被害者を救済することができないので、等しく交通事故の被害者でありながら自賠責保険によつては全く救済を受けることができない者が生じるのは適当でないとして、社会保障政策上の見地から特に、とりあえず政府において被害者に対し損害賠償義務者に代わり損害の填補をすることによつて、上記のような特殊の場合の被害者を救済することにするためであつた、と考えられる。政府が行う保障事業の制度目的が叙上のとおりであることにかんがみると、政府の保障事業による救済は、他の手段によつては救済を受けることができない交通事故の被害者に対し、最終的に最小限度の救済を与える趣旨のものであると解するのが相当であり、したがつて、自賠法七二条一項により政府の保障事業に対して被害者がする保障金の請求は、複数の自動車の運行によつて生命又は身体が害されるに至つた共同不法行為の場合についていうと、全加害車の保有者が明らかでないか、又はそのなかに保有者の明らかなものがあつても当該保有者が自賠責保険に加入していないか若しくは加入して
いても事故につき被保険者となるべき者でないため、被害者が自賠責保険から損害の填補を受けることができないときにおいて、することができるのであつて、複数の加害車の保有者のうち一名だけでも明らかであり、かつ、同人が自賠責保険に加入していて事故につき被保険者となるべき者であるため、同人の加入している自賠責保険から損害の填補を受けることができるときにおいては、することができない、と解するのが相当である。政府の補償事業は、交通事故の損害賠償をする者がいないときなどに使えるのであって、一つでも補償が行える者がいれば無保険者等がいても政府の補償事業は使えない
これを本件についてみるのに、原審の確定した事実によれば、上告人らの子Aは、昭和四五年七月一九日植田住宅産業株式会社が保有しその被用者であるBが運転する普通乗用自動車の運行と、事故後逃走したため保有者、運転者ともに明らかでない貨物自動車の運行とによる、共同加害の結果死亡するに至つたものであり、上告人らは、右貨物自動車の保有者に対しては自賠法三条の規定による損害賠償の請求をすることができないが、右普通自動車の保有者である右会社が富士火災海上保険株式会社との間に締結していた自賠責保険から右事故につき加害者を右Bとする保険金五〇〇万円を受領した、というのであるから、さきに説示したところに照らせば、上告人らは、政府が行う保障事業に対する保障金請求権を有するものではないといわなければならない。共同不法行為者の一方が轢き逃げをした場合でも、一方から賠償を受けることが出来る場合には政府の補償事業は請求できない
これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決
する。
最高裁判所第三小法廷
裁判官 江 里 口 清 雄
裁判官 環 昌 一
裁判官 横 井 大 三