目次
判例要旨
1.轢き逃げは道路交通法72条1項前段の義務違反と後段の義務違反は刑法54条1項にいう
観念的競合にあたるとした判例。
昭和51年09月22日 最高裁判所大法廷
理由
(検察官の上告趣意について)
一 所論は、原判決は、被告人が普通乗用自動車を運転して歩行者に傷害を負わせる交通事故を起こしながら、負傷者の救護もせず、事故を警察官に報告することもせず現場から逃走したといういわゆるひき逃げの事実について、道路交通法七二条一項前段、後段に違反する各罪が観念的競合の関係にあるとした第一審判決を是認したものであつて、右は最高裁判所昭和三七年(あ)第五〇二号同三八年四月一七日大法廷判決・刑集一七巻三号二二九頁の判断に違反するというものである。轢き逃げは道路交通法72条1項前段の義務違反と後段の義務違反の観念的競合に当たるというのはおかしいといっているが、いかが?
たしかに、所論引用の判例は、車両等の運転者がいわゆるひき逃げをした場合において不救護、不報告の各罪は併合罪となる旨判示したものであつて、本件と事案を同じくすると認められるから、原判決は右判例と相反する判断をしたものといわなければならない。過去の最高裁判例と原審が異なっているが?
二 ところで、刑法五四条一項前段にいう一個の行為とは、法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで行為者の動態が社会的見解上一個のものと評価される場合をいい(当裁判所昭和四七年(あ)第一八九六号同四九年五月二九日大法廷判決・刑集二八巻四号一一四頁参照)、不作為もここにいう動態に含まれる。刑法54条1項前段の不法行為も一個の行為といえる
いま、道路交通法七二条一項前段、後段の義務及びこれらの義務に違反する不作為についてみると、右の二つの義務は、いずれも交通事故の際「直ちに」履行されるべきものとされており、運転者等が右二つの義務に違反して逃げ去るなどした場合は、社会生活上、しばしば、ひき逃げというひとつの社会的出来事として認められている。前記大法廷判決のいわゆる自然的観察、社会的見解のもとでは、このような場合において右各義務違反の不作為を別個の行為であるとすることは、格別の事情がないかぎり、是認しがたい見方であるというべきである。
したがつて、車両等の運転者等が、一個の交通事故から生じた道路交通法七二条一項前段、後段の各義務を負う場合、これをいずれも履行する意思がなく、事故現場から立ち去るなどしたときは、他に特段の事情がないかぎり、右各義務違反の不作為は社会的見解上一個の動態と評価すべきものであり、右各義務違反の罪は刑法五四条一項前段の観念的競合の関係にあるものと解するのが、相当である。轢き逃げにおける救護義務違反と報告義務違反は一個の行為というべきであるといっている
三 以上の判示によれば、第一審が適法に認定した事実関係には特段の事情も認められないから、第一審がこれにつき不救護、不報告の各罪の観念的競合を認め、原審がこれを是認したことは、結論において相当であつて、原判決は維持されるべきであり、所論引用の判例は以上の判示に反する限度において変更を免れないのであつて、所論は、結局、原判決破棄の理由とはならない。原審は正しいといっている