判例要旨
1.お互いに債権債務があっても、それを相殺する事は許されない。
昭和49年06月28日 最高裁判所第三小法廷
理由
上告代理人荒井尚男、同浜田正義の上告理由第一点について。
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決の挙示する証拠とその説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法は認められない。論旨は、採用することができない。
同第二点について。 原判決は、昭和四三年九月二九日午後一〇時ころ長岡市a丁目の交差点において、被上告会社の被用者たる被上告人Eの運転する乙車(マイクロバス)が、上告人Bの運転する、同A所有の甲車(普通乗用車)と衝突し、その結果甲車、乙車ともに破損するという本件事故が発生したこと、本件事故は、被上告人Eが被上告会社の業務である乙車を陸送中その過失が主たる原因となつて発生したものであるが、甲車を運転していた上告人Bの過失もその一因となつていたこと、本件事故により甲車の所有者であつた同Aは、甲車の代車購入費二五万円及び甲車の使用不能による喪失利益九万一〇〇〇円以上合計三四万一〇〇〇円の損害を被つたが、同Bに右過失があり、同人の過失はいわゆる被害者側の過失として同Aの被つた損害額の算定について斟酌すれば、その損害額は二七万二八〇〇円となり、同人は被上告人らに対し同額の損害賠償請求権を有すること、一方、本件事故により被上告会社は乙車の修理代金二九万〇五二〇円相当の損害を被つたが、これは上告人Aの被用者の立場にある同Bが同Aの事業の一環として甲車を運転中、その過失によつて惹起したものであるから、同人は同Bの使用者として被上告会社が本件事故により被つた損害を賠償する義務があること、しかし、被上告会社の被用者たる被上告人Eに前記のような過失があり、同人の過失を被上告会社の被つた損害額の算定について斟酌すれば、その損害額は五万八一〇四円となり、被上告会社は上告人Aに対し同額の損害賠償債権を有すること、をそれぞれ認定したうえ、本件のように双方の債権が双方の過失による一個の衝突事故によつて生じた物損に基づく損害賠償債権である場合には、民法五〇九条の適用がなく、損害賠償債権を受働債権とする相殺が許されるから、上告人Aの二七万二八〇〇円の損害賠償債権は五万八一〇四円の限度において相殺により消滅したと判示し、被上告会社の相殺の抗弁を是認しているのである。同一交通事故での損害金相互の相殺は民法509条により認められないが、前審ではこれが認められた。
しかしながら、民法五〇九条の趣旨は、不法行為の被害者に現実の弁済によつて損害の填補を受けさせること等にあるから、およそ不法行為による損害賠償債務を負担している者は、被害者に対する不法行為による損害賠償債権を有している場合であつても、被害者に対しその債権をもつて対当額につき相殺により右債務を免れることは許されないものと解するのが、相当である(最高裁昭和三〇年(オ)第一九九号同三二年四月三〇日第三小法廷判決・民集一一巻四号六四六頁参照。)。したがつて、本件のように双方の被用者の過失に基因する同一交通事故によつて生じた物的損害に基づく損害賠償債権相互間においても、民法五〇九条の規定により相殺が許されないというべきである。しかし、交通事故においても民法509条は適用されるべきで、相殺は許されないといっている。
それゆえ、原判決の前記判断には、民法五〇九条の解釈、適用を誤つた違法があるものというべく、この点の論旨は理由があり、原判決中被上告会社の相殺の抗弁を是認し上告人Aの請求の一部を棄却した部分は、破棄を免れない。 本件において、原判決の確定したところによれば、上告人Aは被上告人各自に対し二七万二八〇〇円の損害賠償請求権を有することは明らかであるから、上告人Aの本訴請求は二七万二八〇〇円とこれに対する昭和四五年六月一日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきである。前審を取り消し、相殺する前の損害金を全額支払うように行っている
次に、原判決中、上告人Aのその余の上告並びに上告人B、同C及び同Dの各上告は、上告理由第一点につき判示したとおり理由がないから、棄却すべきものとする。
よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、九五条、九二条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第三小法廷
裁判長裁判官 江 里 口 清 雄
裁判官 関 根 小 郷
裁判官 天 野 武 一
裁判官 坂 本 吉 勝
裁判官 高 辻 正 己